レモン発電所

檸檬は退屈な世を破壊する爆弾也

鬱病について

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フロイト先生>

 

 

 

心的な圧力を大きく受けた時、屡々人々が陥ってしまうのが鬱病です。

間違いなく現代の大きな問題の一つだと思います。

 

 

上司、同僚、同級生、ママ友など誰でも良いですが、これらの様な身近な人間に攻撃欲の強い人間が混じっていた場合、貴方の心的ストレスは相当なものがあると想像できますし、長い学生生活の中でそうした争いを好む人間について、私も大いに記憶するところですあります。

 

 

そうした場合、屡々その様な被害者が、自己防衛として行ってしまうのが、「置き換え」です。

自分が支配され、振りかざされている攻撃による不安、恐怖を自分より弱い他者へ転換することによって克服しようと言う心的な働きです。

 

かの有名なフロイトの娘のアンナ・フロイトが「攻撃者との同一視」と呼んだメカニズムである。子供が自分に不安を与える存在の属性を取り入れることで、不安を処理する。その属性を模倣し、恐怖を与えるものに変わって行くのである。と自身の研究『自我と防衛』で示しています。

蛙の子は蛙と言うのは、こうした側面から言われるところが大きいのかもしれません。

 

屡々攻撃対象として選ばれるのは、自分に自信が持てず自己表現が出来ない弱者である。こうした傾向が強い場合、周りに弱者を探すことは難しいと考えらます。

そうした「置き換え」が困難な場合、反転させ自分を攻撃するしか無く。こうした結果、鬱病になることがあります。

 

 

そうしたことについてフロイトは「彼らの敵意を直接示すわけにはいかないので、自ら病気になって、その病気を通じて愛するものを苦しめるのである。患者の感情障害を引き起こす相手、彼らの病気が目指す相手は普通患者の身辺にいる」と『喪とメランコリー』の中で分析しています。

自己処罰という回り道を使って他者を攻撃しているというのです。

 

 

私の周りに鬱病はいないし、患者の現状もよく知らないというのが本音です。しかし、この視点は面白いと思います。勿論一番厄介なのは攻撃的な人間ですが、自分を持って主張できない人間に屡々反感を持ってしまう私です。攻撃されないためにも厚く保護するのではなく強く育てる教育が必要と感じます。。。